Live House 弦 - G E N -でライブ予定のビッグ・アーティストをピックアップ。ライブスケジュールを要チェック!
(あいうえお順)


OUT LOOP-WAY BLUES BAND
(Gt,Vo) 三田悟志 (Ba) 小島得児 (Dr) 野上雄司

スティービー・レイボーン、ジョニー・ウィンターに代表される3ピースのTEXAS BLUES ROCK BAND。インスト曲を除く全ての楽曲は英詞のカバー、オリジナルで構成。将来、本場アメリカ・テキサスでの活動を目指す。

1994年:バンド結成。地元京都を中心に活動開始。以降、東京や静岡、広島や九州など、幅広い全国ツアーを展開。
1998年、東西ツアーのほか、岩国米軍基地での演奏も行う。同年12月、活動の拠点となる「BLUES BAR OUT LOOP-WAY」を京都木屋町に開店。
1998年、従来の活動に加え、オーストラリアのタスマニア・フォース・バレイ・ブルース・フェスティバルに出演。初の海外ツアーを行う。
2000年3月、2年連続のオーストラリアブルースフェス出場。9月には渡米し、本場テキサス・サンアントニオで2ヶ所のライブギグを行う。
2001年、3度目のオーストラリアツアーを行うが、惜しくもブルースフェス出場を逃し、地元のクラブツアーを行う。また、国内ツアーも再開。
2002年、4度目のオーストラリアツアーで3度目のブルースフェス出演。同時にD.S.Pレコードより1stアルバム「TEXAS GROOVE」を発売。海外国内のレコ発ツアーで計70本のライブを敢行。
2003年、5度目のオーストラリアツアー、秋にプロモーションビデオ発売。
2004年、6度目のオーストラリアツアー
2005年、4月に2ndアルバム「ギター神風」(CHICKEN GEORGE Records)をリリースし、4度目のオーストラリア・タスマニア・フォースバレイ・ブルースフェスティバルに出演と共に7度目の同国ツアー、香港でのライブを行う。
2006年、4月に8度目のオーストラリアツアーにて念願のシドニーからタスマニアまでの縦断ツアーを敢行。この年よりWEEPING HARP 妹尾隆一郎氏とのジョイント、妹尾隆一郎WITH OUT LOOP WAY BB でのツアーを開始。例年の国内ツアーに沖縄等が加わる。
2007年10月、9度目のオーストラリアツアーにて過去最多の13箇所でのライブを敢行!
http://www5d.biglobe.ne.jp/~outloop/officialsite.htm



朝本 千可

1987年日本コロンビアから「GYPSY MOON」で日本初の女性プロサックス奏者としてアルバムデビュー。 一度聞いたら忘れられないワンアンドオンリーな暖かく繊細なソプラノサックスの音色とスタイリッシュなステージは聞くものすべてを魅了する。 インドネシア ジャカルタJAZZフェステイバルに出演した際には2万人のオーデイエンスを集め、主要メデイアのカバーを飾るなど、日本だけでなくアジア各地でも活躍するようになる。 JAZZをバックグラウンドにしながらもR&B、ポップスの歌のカバーにも定評があり、メロデイーを慈しむように「歌う」朝本千可のサックスプレーは世代やジェンダーを超えて人気が高まっている。
http://www.chica.com



Aja

<Works>
CD
「綾音〜あやおと」
 「クスコー氏の宇宙船」 「赤い魚」 「月の海月(くらげ)」
DVD
「裂けめ〜ポエティカル・パフォーマンス〜」
Book
「写真詩集 赤い魚〜世紀末至上のエロチシズム〜」 「女医A」
http://www.aja.vc/



天野SHO

1971年に結成された伝説のハードロックバンド "E.B.S." のベーシスト&ヴォーカリストとして、精力的な音楽活動を始める。その後、数々のミュージシャンと共に、さまざまなユニットを結成。
1995年1月17日、大地震に神戸が揺れ、人、もの、時間、すべてがゼロになったのをきっかけに、「BASSと歌だけ」の独自のスタイルで、ソロ活動も開始。ONE & ONLYのSHOワールドを確立する。
ロックスピリットを具現するパワフルなベースプレイ、完璧なバイリンガルならではの豊かな表現力、ジャンルを感じさせないスケールの大きさで、聴く人の心に不思議な波動を呼び起こす、他に比類なきアーティスト。
感動的なヴォーカル&プレイに、国内外から熱烈な支持を得ている。
http://www.sho-amano.com



荒巻 茂生

21才からプロ活動を開始。秋吉敏子、大野俊三、トム・ハレル、リー・コニッツ、カルロス・ガーネットらと共演を行う。その後、辛島幸雄、山田穣、日野元彦、大西順子、竹内直等と共演する。1997年には、「大西順子トリオ」としてワールドツアーに参加する。ジャズの世界からブルースの世界へとフィールドをまたいでの今後の活躍が期待される。


あらい舞

1978年、ワーナーパイオニアより「ワイルドレディ」で、デビュー。
後に、沖縄米軍基地、キャンプハンセンの側のROCK HOUSEにて、喜屋武マリーのもとでROCKの修行をする。
その後、先輩の河島英五について、7年間全国ツアーに回る。その間に、数々のCM SONGを手掛ける。
デルモンテトマトケチャップ、昭和ギフトセット、キッコーマン etc.
アイドル歌手に楽曲を提供するようになる。
荻野目洋子、中森明菜、松本伊代、西城秀樹 etc.
演出家、栗山民也氏のもとで、きゃんひとみのひとり芝居、「Life恩納ナビー今を生きる」の音楽を担当。
2002年より、関西を中心にsololiveを開始。愛をテーマに自分自身の内なる旅の途上で、数々の出逢いの中で歌い続けている。そんな中で、天野SHOとの出逢いは、あらい舞が目指す普遍的な世界を、より一層深いものにしている。
2007年春、NEWアルバム「Maii Prema」を発表。
http://www.maii.jp


あんみつ

「T-SQUARE」のリーダー&ギタリストの安藤まさひろと、安藤が信頼を寄せる「THE SQUARE」時代からの朋友、みくりや裕二の2人のギタリストによって結成されたインストルメンタル・ユニット。

基本的にはナイロン、スティールを問わずアコースティック・ギターによる演奏を主体にしているが、時にはギブソンのフルアコなどのエレキを使ったり、最近ではウクレレも使用している。またライブではゲストミュージシャンを招く事が多く、ボーカリストと歌曲を演奏する場合もあり。ジャンルにとらわれないオリジナルを中心に、ジャズやブルース、またビートルズ等の名曲をインストにアレンジして演奏するなど、モダン・アコースティックと言っても良い。

ユニット名「あんみつ」の由来は、安藤の「あん(安)」、みくりやの「み(御)」、そして2人という意味での「2(ツー)」が合体したもの。
http://www2.odn.ne.jp/anmi-2/



五十嵐 公太

1986年 ロックバンドT.V.の2代目ドラマーとしてミニアルバム「Topping Voice」でデビ ュー。3枚のフルアルバムを発表。
1990年 THE HEARTサポート参加。
1991年 元NOVELAのKey永川敏郎のプログレッシブ・ロックバンドGERALDに参加。 1992年 JUDY AND MARYに参加。「散歩道」他ヒット曲を作曲。JAM在籍中からGacktなどのレコーディングにも参加。
2003年 naja参加。
2004年 野村義男、渡辺英樹(exCCB)の三喜屋野村モータースBand参加。水樹奈々、藤井隆サポート参加。
2005年 ORANGE RANGE、EDo-REPORTサポート参加。
2006年 大塚愛、サックスプレイヤーTAGサポート参加。
DAVID RALSTON BAND参加。
テクニックに裏打ちされた歌心のあるドラムには定評があり、信奉者も多い。
その他、作曲・アレンジ・プロデュース活動、V-DRUMを使った自身のテクノユニット、ドラムクリニックなど幅広い音楽活動を展開中。
http://www.kohtaigarashi.com/




五十嵐 はるみ

キュートなキャラクターと、おしゃれでパワフルなステージで、現在、若手で最も注目を集めている新進気鋭の実力派ヴォーカリスト。2000年のメジャーデビュー以来、1stアルバムでは日本民謡「竹田の子守唄」、ユーミンの「チャイニーズ・スープ」、日本の名曲をジャズにアレンジした新しいアプローチで話題を呼び、そして2ndアルバムではNY録音を行い、ジョン・ピザレリや海外の人気アーティストがレコーディングに参加。ちあきなおみ「黄昏のビギン」、稲垣潤一「ロング・バージョン」、のジャズアレンジなどで、各方面で高評価を受ける。3rdアルバムでは、ジャズをベースにした究極のサウンドクリエイトでその”魅惑のエンジェルヴォイス”の可能性を余すことなく発揮!各方面で話題と注目を集める中で「Marbles Chat」を2003年5月8日にリリース。テレビ・ラジオの枠にとらわれず幅広く活躍中!
http://www.harumi-igarashi.com/




池田 聡

1986年8月、日本大学理工学部在学中に「モノクローム・ヴィーナス」でデビュー、いきなり50万枚のヒットとなる。
都会的で深みのある歌の世界観を持つ。コンサート活動やイベント出演、企画の立案等も含め多様な活動を積極的に行っている。

■代表曲■
「モノクローム・ヴィーナス」
「月の舟」
「j.e.a.l.o.u.s.y」
「濡れた髪のLonely」 ★レコード大賞ノミネート作品★
「思い出さない夜はないだろう」
「マリッジ」
http://www.satoshi.net/




石川 龍大郎

1976年ピンクレディーのLDスタッフとして全国行脚。ミスタースリムカンパニーを経て、BORO&Ruiseに加入し全国行脚。 1980年ディスコメイトレコ?よりオリジナルバンドでデビュー。その後、高木澪、近藤真彦、加山雄三、千昌夫など多数のツアーバンドに参加。1990年以降、音楽広告、番組ジングルやCD-ROMなどのディレクション及びプロデュースなど多数制作。 2005年「BabyMoon/ことり」「人情/匠作」をプロデュース。 2006年 ソウルヨシキ率いるsolu brothersに加入。




石田 長生

1952年7月25日大阪府八尾市で生まれる。
10代の頃より関西のロック、ジャズシーンで活躍後、1975年、単身渡米。メンフィスのソウル・ミュージシャンと交流。帰国後、山岸潤史らと共に“ソー・バッド・レビュー”を結成。日本のロック、ソウルシーンに大きな影響を与えた。 その後、“GAS”“ザ・ヴォイス&リズム”などのバンド活動や、ランディ・クロフォード、オーティス・クレイ、アン・ピーブルスなど、多くの海外ミュージシャンと共演する。1989年、Charとのアコースティック・デュオ“BAHO”を結成。さらに1992年、ソロ・デビューしメルダック他より7枚のソロ・アルバムを発表。1996年から、活動の中心を東京とするが、「石やん一人旅」で全国を、また南米(ブラジル、アルゼンチン、ペルー)や南太平洋(サモア、トンガ、フィジー)及びジャマイカ、メキシコを飛び回り演奏するなど、世界を股にかけた活動も展開。2003年3月、阪神タイガースの球団公認応援歌「嵐は西から」の作詞・作曲・プロデユースを手がける。 また同年秋には清水興、中村岳とともに活動するトレスアミーゴスとしてニューアルバム発表し、 2004年初頭にはサークルK、TV・CMにトレスアミーゴスとして出演。2003年11月小笠原諸島にてライブを行った事をきっかけに小笠原諸島に魅せられ、その後十数回に渡り渡航。ライブ活動の他、現地の人達との交流を深め、オリジナル小笠原島唄“Boninの島”を作詞作曲。2006年初頭に4年半ぶり通算8枚目となるオリジナル・アルバム『Ishiyan』と小笠原諸島をテーマとしたコンセプトアルバム『Boninの島』の石田長生の今を詰め込んだ2部作を同時制作。それぞれ同年11月、2007年5月と連続リリース。また2007年6月には小笠原諸島父島、母島それぞれの返還祭へ招待されゲスト出演。Boninの島などを披露。島の唄の名手、大平京子さんと共演。現在ソロの他、CHARとの“BAHO”、木村充揮、有山じゅんじとの“平成トリオ”、NANIWA EXPの清水興らとの“トレスアミーゴス”三宅伸治との“ヘモグロビンデュオ”などの様々なユニットでも活動中!
http://www.ishiyan.com/




石塚 隆充

日本を代表する若手実力派カンタオール(フラメンコ歌手)。学生時代にカンテに出会い独学で始め、卒業後98年よりスペインへ渡りフラメンコの本場ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのサンティアゴ地区に滞在し現地のジプシー達に学ぶ。同時期、ギタリスト・沖仁と「 TAKA y JIN 」として現地で活動。現地のフェスティバルやコンサート等多数出演多くのメディアに取り上げられる。2002年、踊り手の伊集院史朗・吉田光一、沖仁らとユニット「CuatroCaminos」(クアトロカミーノ)を結成、2005年までに5度に及ぶ全国ツアーを展開。通算8年間ほどスペインに滞在し、現地アーティストとフェスティバルやコンサート等多数出演。日本人離れした彼の唄は国内はもとよりスペイン人からも定評がある。又、バルセロナにあるタブラオ(フラメンコ・ショーのあるレストラン)「Carmen」(カルメン)では日本人ではもちろん、外国人では初めてカンタオールとして出演を果たし、絶賛を浴びる。また最近ではトラディショナルな歌を日本語に変換し歌うなど、オリジナルを含め、独自の世界を作り出し、カンテフラメンコの新しい可能性へ挑戦している。
http://www.takante.info/




井上 堯之

1962年
「田辺昭知とザ・スパイダース」に参加。
リードギターとヴォーカルを担当。

解散後、沢田研二や萩原健一らと結成したPYG(ピッグ)を経て「井上堯之バンド」を結成。沢田研二のバッキングを中心にテレビドラマ「太陽にほえろ」「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」「寺内貫太郎一家」のテーマ曲の演奏をはじめTV、映画、舞台、ミュージカルの音楽を多数手がけ、「火宅の人」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。
レコード大賞受賞曲「愚か者」の作曲者である。
萩原健一、柳ジョージ、宇崎竜童らとの活動と並行して作、編曲家として活躍。

2003年
ソロライブ「井上堯之音楽劇場」を八ヶ岳で毎月開催。
東京交響楽団と共演。九州交響楽団と共演。

2004年2月
東京厚生年金会館にて「井上堯之バンド」コンサートを2日間行い音楽界の話題を呼ぶ。 4月、ロスアンジェルスのJAZZ CLUB「LA VE LEE」にて白濱櫻子をゲストにライブを行う。

2005年秋
映画「カーテンコール」(佐々部清監督)出演。(安川修平役)

2006年
全国映連賞男優賞受賞(映画鑑賞団体全国映画連絡会議主催)

2006年4月
NHK教育テレビ「N響アワー」出演。
新曲「ギターデュオのためのレクイエム」発表。
2006年、全国各地の高等学校などで講演、音楽講演会を始める。
名古屋芸術大学客員教授。
http://www.inouetakayuki.com/




岩田 浩史

1980年、米軍キャンプなどを中心に年間200本以上のLIVE活動。82年「M−BAND」にギタリストとして加入。88年「M−BAND」休止後セッションギタリストとして活動開始。白竜3rd Album「ポジティブ」プロデュース、アレンジ。 94年、Vo.山下弥生と、「HomelessHeart」としてデビュー。98年、「HomelessHeart」休止。フリーとなりスタート。森園勝敏、鈴木シゲルらと共に「ビンテージギター」Vo1・2に参加。「Brush&Picks」結成。 2000年、JR東日本CMソング 白竜シングル「いつのまにか少女は」アレンジプロデュース。01年、映画「白い犬とワルツ」イメージアルバムに参加。日本を代表する和太鼓奏者、レナード衛藤のリズム大陸に参加、板橋文夫と共演。ミッキーカーチスとアコースティックトリオを結成。02年、渡辺真知子アルバム「大切な順番」をアレンジ、プロデュース。M-BAND時代の旧友、藤タカシとアコースティックR&Rユニット「GOLD」結成。 03年、「Brush&Picks」アルバムリリース。05年、劇団クナウカの阿部一得とギターと語りの実験的 二人舞台。大橋イサムとアコースティックギターデュオ。 「Brush&Picks」も20代のロックソルトレーベルとコラボレーション好評。
http://www.iwataxroom.jp/




上田 正樹

1974年、伝説のスーパーバンド「上田正樹とサウストゥサウス」を結成。その後ソロとなり、「悲しい色やね〜Osaka Bay Blues」がミリオンセールを記録する。その後もRey Charles,BB KING,Junior Wellsを始め、数多くのBlues Artist達と共演。2001年には韓国、インドネシアで大ヒットを記録するなど、アジアの音楽シーンで高い評価を得る。2002年、初のブルースアルバム「NO MORE BLUES」を発表。ファンキーでいてブルージーなオリジナル曲を中心に構成されたステージは、世代を超えて愛される。
http://www.syncl.jp/artist/masakiueda/



内海 利勝

1972年に「キャロル」のギタリストとして参加。以後、ソロ活動開始と同時に「内田裕也」「宇崎竜童」「原田芳雄」のLIVE及びレコーディングに参加する。映画「隙間」「カブツ」に出演、楽曲も提供する。1989年、ジョニー大倉と「THE PREASE」結成。1992年、憂歌団のLIVEにゲスト参加。1997年、ソロアルバム「FROM HERE」発表。昨年4月22日、マキシ・シングル「街」発表。
http://sound.jp/uchiumi/



打田 十紀夫

平成3年、東京都渋谷区幡ヶ谷にTABギタースクールを設立し、カントリー・ブルース、ラグタイム、フィンガースタイル・ギターの普及に力を注ぐ。コンサートでの演奏やギター・クリニックで全国を廻るかたわら、録音・作曲活動、ギター教室、さらにはギター・マガジン、アコースティック・ギター・マガジン(リットーミュージック)、アコースティック・ギター・ブック(シンコーミュージック)、プレイヤー(プレイヤー・コーポレーション)をはじめとする多くの音楽誌での執筆、ビデオ&CDレーベルの監修・運営など、日本のアコースティック・ギター界発展のために幅広い活動を続けている。『モリダイラ楽器/フィンガーピッキング・デイ』や『マーティン・クラブ・コンサート』のゲスト出演をはじめ、楽器フェア、大楽器祭など、アコースティック・ギター関連のイベントでも欠かせない存在となっている。 師匠ステファン・グロスマンのライヴに出演したのをはじめ、ジョン・レンボーン、ダック・ベイカー、ボブ・ブロズマン、ウッディ・マン、パット・ドノヒュー、ピエール・ベンスーザンといった一流ギタリストを招聘してのジョイント・ライヴ・ツアーを行うなど、海外アーティストとの交流も重要な活動となっている。米国ナショナル・ギター社のカタログにも日本の数少ないリゾネーター・プレイヤーとして紹介された。また、中国でライヴ、クリニックを開催したり、チェコでリリースされた『RESOPHONIC PLAYERS OF EUROPE 2005』には日本代表としてボーナス・トラックに収録された。 CS放送の釣りの番組で使われた「思い出の鱒釣り」(小学館)をはじめ、「ココナッツ・クラッシュ」、「Tokio Acoustic Blues」、「Acoustic Delights」(以上、TABレーベル)など、オリジナルCDは、多くの音楽誌で称賛された。その他、教則本では「リアル・アコースティック・ギター/カントリー・ブルース(CD付き)」、「リアル・アコースティック・ギター/ラグタイム・ギター(CD付き)」、「なんちゃってアコースティック・ブルース(CD付き)」、「これで完璧!アコースティック・ギターの基礎」(以上、リットーミュージック)、「プレイ・オープン・チューニング・ギター(CD付き)」(中央アート出版社)、「CDでマスターするフォーク・ギター(CD付き)」、「フォーク・ギター入門」(以上、ナツメ社)、さらにはビデオ(DVD)でも、「ブルース・ギターの常套句 生!」、「ギター・スタイル・オブ・ロバート・ジョンソン」、「すぐ弾けるカントリー・ブルース・ギター」、「ラグタイム・ギター」(以上、リットーミュージック)、「ブルースでヒーリング」(TABレーベル)など、アコースティック・ギターやフィンガーピッキングに関する数多くの著作物を発表している。
http://www.tab-guitar-school.co.jp/




謡象 うたかた

http://www.rovingspirits.co.jp/utacata/

太田 佐和子

4歳よりクラシックピアノを始める。東京音楽大学ピアノ科卒業。
在学中よりクラブやバーでの演奏を始める。
女性だけのヨットチーム活動開始( J24 クラス女子全日本レース優勝他)。
2年間長野・白樺湖の乗馬牧場に住み込み、乗馬、スキー、更には蕎麦打ちまで教える。
調理士と自動二輪の免許を持ち、シェフとライダーに変身もするサバイバル系ピアノ弾き。
シャンソンやロシア音楽等、ポップス歌手との活動も多い。
親方の仕事では親方が " 弾けない " 難しいピアノを担当するが 最近では映画「花はんめ」の演奏をしたりで、親方の領域を脅かしている。
ピアノ講師をしつつ、密かに銘菓 「謡象焼」 を考案中。


Ashleigh Owens

2歳よりバレエを始める。 13 歳でのフルートを始め、15歳で「私ぁ、歌うぞ!」と決心。
ウエスタンオーストラリア州、パースの Gosha Slowmirski を師とし古典的な訓練を受ける。
「 The Bridge 」 「 The Sound of Music 」 「 Kiss me Kate 」 「 Little Shop of Horrors 」等のミュージカルに出演。
2001年に、州政府より Exhibition for Drama Studies を授与され、オリジナルのソロパフォーマンスを披露した。
現在はウエスタンオーストラリア州大学に在学し、法律と日本語を勉強中。

伊東 正美

12歳から作曲演奏活動を始める。 19歳の時にサンフランシスコのカレッジへ、その後サンディエゴでクラブでのギタリストで日銭を稼ぎ生活する。
東京では肉体労働系アルバイト、歌手のバックバンドの演奏、テレビ番組制作と云う音楽生活苦が続く。
映画監督・山川直人に出会ったのを機にテレビドラマの劇中音楽を手がけるようになる。
主な作品;
「イバラードの旅」 井上直久画、山川直人監督 (テレビ朝日)
「捜査四課対広域暴力団」早川善貴監督 ( 東映 )
「大平光代講演会」(野間教育研究所)
舞台劇「鏡」高野和明脚本、山崎哲演出、三田村邦彦主演(俳優座・グローブ座)
映画「時の香り〜リメンバーミー〜」山川直人監督、吹石一恵主演
「グラウエンの鳥籠」秋元康企画、吉野紗香主演 ( ネットドラマ )
その他「 Duet 」「 Seven's Face 」「 Nail 」( WOWOW )等秋元康プロデュース番組多数。 また、 PANTA( 頭脳警察 ) 、中川五郎、制服向上委員会、石橋幸のライブ活動等も。
「アメリカ・魂のふるさと」( NHK BSHi, BS1  放映中)
という訳で、バイクと酒で貯金無しの謡象親方。



eli

1991年 Love Tambourines結成。
1993年 CRUE-L Recordsからデビュー、1995年解散。
1996年 ELLIEでソロデヴュー。
1999年 藤原ヒロシとのユニット「ELI+HIROSHI」結成
2006年 斉藤圭市とのユニット「girl it's U」結成(ELLIEからeliに改名)
2007年 eliソロでライブ活動を開始。
http://eli-jazz.com/



大西 真

1982年頃から、松本照夫との出会いをきっかけ「Genre」を結成、本格的に活動を始める。 石黒ケイのサポートメンバーとして活動するかたわら、内藤やすこ,永井隆、入道、妹尾隆一郎らのセッションにも参加。 その後、「近藤房之助 & OneArm」 のメンバーとなり、精力的に全国をツアーする。解散後は、古田光郷と「The Boilers」を結成、全国をツアー。その後もセッション活動は盛んで、共演したミュージシャンは、斉藤和義、ACO,Lee Oscar,Sugar Blue, etc. 数多い。 1992年より5度にわたり New Orleans に赴き、'95年には A.J.Loria, ‘96年には Kerry Brown とともに New Orleans Jazz & Heritage Festival に出演。 2000年、「tRICK bAG」でアルバム "Last Exit"を発表。 2003年、「A」の1stアルバムを発表。 2004年1月、A、#9、割礼の3バンドのライブアルバム「D.A.M.N.」を発表。
http://groovin-bass.hp.infoseek.co.jp/



小倉 泰治Kb)

杏里 、1985年アルバム“WAVE”よりキーボードプレーヤー及びアレンジャーとして参加。1988年“BOOGIE WOOGIE MAINLAND”よりサウンド・プロデューサーとしてアルバム制作を行っている。2002年11月現在、19枚のアルバム制作に携わる。その他、観月ありさ、中山美穂、和田アキ子、森岡祥子、DICK LEE、TOSHI、スージー・カン等、数々のアーティストのアレンジ、音楽プロデュースを手掛ける。また“地球組曲” “サウンドコレクションシリーズ #1 #2”等、インストルメンタルアルバムで作曲&プロデュース。 1999年11月に発売された、インストルメンタルバンド “ KICKS ”のアルバムにキーボードプレーヤーとして参加。2001年10月に結成された、“Nouvelle-B”にキーボードプレーヤーとして参加中。
http://interplay.cool.ne.jp/



金子 マリ

日本ロック史に残るヴォーカリスト、金子マリ。“下北のジャニス”なる異名をもつ。そのそのブラック・フレイヴァーに満ちたパワーみなぎるヴォイスは強烈にして無比。数多くのフォロワーを輩出し続けている。70年代前半、伝説のロック・バンド「スモーキー・メディスン」に参加。正式な音源リリースはなかったものの圧倒的なライヴ・パフォーマンスでカルト的な人気を博した。その後、スモーキー・メディスン時代から盟友・鳴瀬喜博都と共に「金子マリ&バックス・バニー」を結成。76年に「MARI&BUNNY」でデビュー。ファンク/フュージョン/ソウル/ロックが一体となったサウンドと彼女の力強い歌声が拮抗する。計3枚のアルバムと1枚のライヴ・アルバムを発表し解散。その後、「The Voice & Rhythm」「MAMA」でのバンド活動、「Johnny, Louis & Char」「米米クラブ」「RCサクセション」のコーラス&ボーカルとして活躍。現在、森園勝敏らと“Hard Drivin' Blues featuring金子マリ”をはじめとするセッション・ライブを数多くこなす

http://kanekomari.com/




加納 秀人

1972年 自分のBANDを結成。
1973年 8月  グループ名を『外道』と改名。"外道"と警官に罵倒されたのがグループ名の由来。 白樺高原音楽祭でデビュー。 10月 トリオ・レコードよりシングル「にっぽん讃歌」でデビュー。 コンサート活動開始。 11月 「ライブ・ロック・イン・一橋」300余名の暴走族が襲来。
1974年 8月 この年最大のロック・フェスティバル「郡山ワンステップ・フェスティバル」に出演。 NHKの特番で外道が話題となる。小野ヨーコ来日出演。 9月 1stアルバム『外道ライブ』を発売。 田原総一郎が外道のドキュメントを制作、テレビ放映して話題となる。 1975年元旦 ハワイダイヤモンド・ヘッドクレイターに於ける"SUNSHINE FESTIVAL"に出演。 10万人の観客に外道コールをさせ大成功を納めアメリカ・イギリスの新聞・ニュースで報道される。
1976年10月 日比谷野音にて「外道解散コンサート」。
1977年 レコーディング・セッション・グループ"加納秀人 With イースト・ジャンキー・ファミリー」を結成し活動。
1978年 8月 1stソロアルバム『地球の夜明け』をRVCより発売。 9月 日比谷野音にてワンマン・コンサート。
1984-1986年 作詞・作曲・プロデュース活動。 レコーディング及びセッション、ライブなどにゲスト出演。
1991年 4月 未発表解散コンサート2枚組アルバム『外道LIVE』を発売。 角松敏生のコンサートにゲスト出演。 角松敏生のアルバムに参加。 加納秀人(G)、そうる透(Dr)、関谷聡(Key)で"Gedo"として活動。 7月 角松敏生のプロデュースによるアルバム『Gedo ONE TWO』をメルダックより発売。
1999年 1月 アルバム『意識への彼方へ』加納秀人を発売。 作詞・作曲・プロデュース活動。 レコーディング及びセッション、ライブなどにゲスト出演。
2001年 "外道"として活動を開始。 9月 佐渡トライアスロン大会に、ゲスト出演。コンサートでの外道コールが止まらなかった。
2005年 1月 ジョニー吉長、福神、加納秀人 JFKで活動が始まる。
2009年 1月30日 20年ぶりに加納秀人BANDスタジオLIVE。 「加納秀人、鳴瀬喜博、そうる透」 4月25日「加納秀人LIVE ANALYZE」DVD発売。 5月28日 渋谷クロコダイルにてDVD発売記念ライブ。 出演:G:加納秀人、B:鳴瀬喜博、Dr:そうる透
http://www.geocities.jp/guitarmanhk22/




けんちゃんブルース

川相 賢太郎(Vo,Gt)

広島県出身。中学時代に近所の酒屋のおっちゃんに聴かされたBlues(Muddy Waters、Sunnyboy williamson U、近藤房之助など)をきっかけに音楽の世界を志しGtをいじり始める。高校卒業と同時にBostonへ渡米。Berklee音楽大学ギター科卒業。バンド『river T party』のVo,Gtとして『大夢カプセル』(Alva Records)をリリース。活動休止後、近藤房之助氏に師事&修行。2009年より近藤房之助&the paybacks、the buried aliveにGt Choとして参加。同時にソロ活動『kenchanblues』をスタート。2010年ファーストアルバム『カザミドリーマン』をリリース。バンドスタイルだけでなく梅村和史、冨田廣佑とのトリオでも活動。現在、Bluesを基盤としたギタープレイと作詞、作曲、編曲、Trackmakingを手掛けるVo,Gtとして活動中

http://ameblo.jp/kenchanblues/



梅村 和史(Gt,cho)

東京出身 中学時代偶然手にしたJIMI HENDRIXのアルバムをきっかけに、ギターを手にする。
高校生時代より様々なバンド活動を経て、時代を遡った音楽に魅了されてゆく。
2006年より近藤房之助氏に師事&修行。
2009年より近藤房之助&the paybacksにGt Choとして参加するなど
現在スリーフィンガースタイルを基盤にし、様々なサポートギタリストとしても活動中。



冨田 廣佑(Dr,Cho)

神奈川県出身 洗足学園大学ジャズコース卒業。
大坂昌彦氏、松山修氏、岡部洋一氏に師事。
ドラムをはじめ、ラテンパーカッション、カホンなどを用いたドラムスタイルのアプローチを構築。
レコーディング、ライブなど年間120本を越える活動を続けている。
UST番組「music is good」にレギュラー参加するなど多岐に渡り活動している。




カルメン・マキ

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69年2月、「時には母のない子のように」でデビュー。個性派シンガーとして6枚のシングル、3枚のアルバムをリリース。1972年に「カルメン・マキ&OZ」を結成し、日本ロック史上に残る女性ヴォーカリストとなる。1980年 「カルメン・マキ&LAFF」結成。1981年 「カルメン・マキ&5×(ファイブ・エックス)」と改め活動、1983年に解散。以後、「うるさくてゴメンねBAND」「MOSES」の活動を経て、1999年に、歌手生活30周年を迎えて"Carmen Maki 1999 & 30th Anniversary Live"と銘打ったライブを実施。2000年にライブ"Carmen Maki 世紀末を歌う"、2001年にライブ"Carmen Makiの2001年歌の旅"を精力的に行う。現在、ロックスタイルと並行してアコースティックライブも実践するなど、積極的な音楽活動を展開している。
http://www.carmenmaki.com/



北 京一

ゼンジー北京師匠のアシスタントで初舞台
モリスフォーム主宰者・ 森 喜久雄 氏のアシスタント(USA)
「Soo Baad Revue」ソーバットレビューのボーカル
パントマイム巨匠 エティエンヌ・ドクルー 氏に師事(FRANCE)
フランクフルトのダンス学校「TANZELL」を振り付け師“ malaika ”と共に立ち上げ、アートデレクターを 務める(GERMANY)
ザールブリュケン国際ダンスフェステバルをエバ バァルドフとたちあげる
ユネスコと日本文化庁プロデュース作品「KYO 」_ケルン日本美術館
東京(代官山)ヘアーサロン「 boy 」の舞台アートディレクター
ジャカルタ国際マイムフェステバル
Ars Electronica, Linz, Austria ( 66b )
N.Yのヘア−デザイナー「 Oribe 」の舞台演出をする 
NPO  Peacetune 設立
musicバンド「 5th Element Will 」現在
http://www.e-kia.net/



木村 充揮

ブルース・バンド「憂歌団」のリード・ヴォーカルとして絶大な人気を誇る。70年、80年、90年と大阪を代表する者としてメジャー・シーンを歩んできており、その“天使のダミ声”とも言える声の魅力、独特の歌いまわし、ブルース・フィーリングは、他の追随を許さないところである。ロック、ポップス、ブルースにとどまらず演歌、流行歌、ジャズ、民族音楽にいたるまであらゆるカテゴリーを包括したボーダー・レスなシンガーという存在である。
http://www.kimuraatsuki.com/



黒赤ちゃん

http://www.kuroakachan.com/

撮影:三浦フォトスタジオ

松野 恭平(Vocal & Guitar)

1983.9.1 東京都に生まれる。
12歳、Spitzに魅せられギター、作詞、作曲を始める。ひたすらに斬新なコード進行を追及する。繊細な音楽を求め、イギリスのロック、クラシック、ソ連の映画音楽などを聞く。
15-17歳、今までにない音楽を作りあげることをテーマに前衛的な曲を書く日々。プログレッシブロック、ミニマルミュージック、ポリリズム、現代音楽、アヴァンギャルド、サウンドスケープ(音の風景)などに影響を受け、音楽の深みにはまる。King Crimson「Discipline」は人生を狂わせた一曲。当時はギター、ベース、ピアノなど様々なバンドで活動。一生懸命になっている人を嘲り笑う、極めて冷笑的な青年であった。
18-22歳、黒赤ちゃんを結成。映画「Koyaanisqatsi」と出会う。純文学、児童文学、詩に魅了され、三人称の文章に憧れを抱く。谷川俊太郎「二十億光年の孤独」「ワッハ ワッハハイのぼうけん」ケストナー「飛ぶ教室」、JDサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」、スタジオジブリ。精神性の高い、文化的・芸術的な音楽を目指す。



撮影:三浦フォトスタジオ
乾 英明(Guitar & Side vocal)

1981.7.2 岐阜県岐阜市に生まれる。
15歳、念願のギター(Fender Stratocaster/Stevie ray Vaughan model)を購入。その後、John Lennonを聞きながら、愛犬を抱きかかえ引きこもる。暗くなっていくのを救うため、友人にGreenDayを勧められるがそれを受け入れず、暗いまま生きる。
18歳、上京。The Beatles、The BeachBoys、U2、Queen、RadioHead、ColdPlay、Tahiti 80、松任谷由実、小田和正、fishmans、John Mayerなどメロディーが良く透き通っていて、綺麗なサウンド、変わったサウンドの音楽が好き。ギターらしい音よりも、キーボード的であったり難解で不可思議な音色を好む。また機材にも人一倍の情熱を向けている。影響を受けたギタリストは特にいない。歌と作曲を愛する。


撮影:三浦フォトスタジオ
矢澤 賢太郎(Bass & Backing vocal)

1978.12.18 長野県飯田市に生まれる。
18歳、上京と共に、ボーカル、オカリナ、ギターという独創的なスタイルで音楽活動を開始。その後、Larry Graham、Jaco Pastorius、細野晴臣らに魅せられ、ベースへ転向。現在も多数の民族楽器を所有し、アナログの可能性を追求している。村上春樹を愛読。天体・星座についての知識を持つ。本質的なメッセージを感じさせる作品、安らぎを与える作品を好み、黒赤ちゃん加入後も独特のアイデアをバンドへ提供。ミュート奏法はどこまでも繊細である。いかなる時も15分前行動を心がけ、遅刻撲滅に一役買っている。 「ベースにMotherを求めているのか?」とベース自身に聞かれたとき、否定しながらもそれを認めた過去がある。


撮影:三浦フォトスタジオ
CHABO(Drum & Percussion & Backing vocal)

1978.11.13 群馬県高崎市に生まれる。
15歳、ベースをプレゼントされたことをきっかけに音楽に興味を抱く。その後George Winston「あこがれ」に魅せられピアノを独学。友人の薦めでスティックを握ることになるが、当時はドラムセットに触ることも稀で、数年間はゴミ箱の上に座り、尻を痛めながらイメージトレーニングに没頭。
21歳、上京。chad smith(Red Hot Chili Peppers)との出会いはリズムの新たな扉を開くきっかけを与えた。Billy Ward、Buddy Rich、Dennis Chambers、村上ポンタ秀一、映画音楽、ゲーム音楽などに影響を受け、斬れのあるサウンド、蝶のように華麗で迅速に舞うドラミングを追求する。インスピレーションを感じる時は、専らライブ映像や多種多彩な打楽器関連映像を見ている時であり、CDはあまり聞くほうではない。歴史や古代文明、宇宙、幽霊などミステリアスで神秘的な世界に関心がある。ジェットコースターをこよなく愛し、この時ばかりは奇人へとトランスする。今後の課題として「幽霊との会話」「ジェットコースター世界制覇」に野望を燃やす。



KOTEZ

17才の頃にブルースハープを手しに、セッションやライブ中、突然割り込んで吹き出すという自由なやり方で、音楽の輪を広げていく。その後、F.I.H.ハーモニカコンテストでグランプリを得る。これをきっかけに本格的にブルースハープをやることを決意。22才のときにシカゴに渡り、タング・ブロック奏法を体験し、黒っぽいブルース、R&B、ソウル、ジャズに魅かれていく。様々なセッション、ライブをハードにこなし、ジャンルに囚われない自由な音楽を演奏する。
http://www.kotez.com/



小堀 正

松本照夫と共に活動した元ウエスト・ロード・ブルース・バンドのベーシスト。


LEODUO:小堀(正)誤

LEODUOは、LEOと小堀(正)誤により2003年に結成されたギター・デュオ。R&B、soul、motown、funk、blues、gospel、reggaeなど、'60〜'70年代のコアな黒人大衆音楽のグルーヴ感を追求している。パーカションを配るなどして客席をも巻き込んでのライブが特徴。
小堀(正)誤とは、小堀正がギターを弾く時の変名である。LEODUOではベーシストならではのオープン・チューニング変則ギターでグルーブを支える。



小松原 貴士

1980年仙台より上京。1981年上田正樹のバックバンド「マスターキーズ」のギターリストと して4年間活動し、リズムアンドブルースのテイストをみっちり徹底的に仕込まれる。バンド解散後は、ブラック系のバン ド活動を精力的に始める 。  FUNKYな鋭いカッテ ィング・デープなソロ・ イナタイボトルネックそ して何よりも、歌を大切 にするハート…まるで黄 色い顔をした黒人!もち ろんギターはいつも歌っ てます!



近藤 和明

1979年4月 国立音大作曲学科に入学。入学後すぐハコバンの仕事を得、セッション等にも顔を出す。先輩のオーボエ奏者茂木大輔氏(現・N響主席)らと即興演奏をする。
1984年 故・八木正夫氏のコンサート「ブルースの継承ふたたび」に曲を提供、出演。山下洋輔氏「あうもあわぬも大阪のフィル」編曲。ミュージカル「Little shop of horrors」のピアノ演奏、指揮。ここで知り合った音楽監督のつのだ☆ひろ氏とは現在も演奏活動をしている。
1987年 3/24、斉藤晴彦氏のコンサート、東京文化会館大ホールで「Rhapsody in Blue」を新日フィルと演奏。
1994.10/9 ARGO結成。
1996年 ピアノ・トリオ「VALE TUDO」に参加。
1997. 3/1 伯父の書道家、柏木淳風と、書と音のコラボレーション「舞」を北海道岩見沢で行う。
2000年 この年からVALE TUDOで横浜Jazz Promenadeに毎年参加。
2002年 CD“Vale Tudo Live at Airegin”を発表。
2004年 DVD“Vale Tudo Live at 音楽室”を発表 中国・南京国際JAZZ音楽祭に自己のトリオで出演。 (Bass村上聖、Drums外薗雄一)
http://www.arumon.com/argo/




三四郎

バークリー音楽院にて作曲編曲を学び、ニューヨークを拠点にボストン、パリ、ロンドン、などでストリートパフォーマンスを展開。日本においては渋谷でのストリートパフォーマンスが話題を呼び、テレビ、ラジオ、雑誌等に特集され、連日数百人の観客を集める。現在のストリートミュージックブームを創る。 「三四朗」(CBS/SONY)でアルバムデビューして以来、現在までに12枚のリーダーアルバムをリリース、またプロデューサーとしても多方面に渡り精力的に活動。 その作品や活動からもわかるように、国際色豊かな感性で、メジャー・マイナーを問わず、常に新しいものに目を向けている姿勢はストリートパフォーマンス時代から決して変わることはなく、異種芸術の混合や新しいメディアにも挑戦し続けている。
http://www2.gol.com/users/sax346/




塩次 伸二

1971年「ウエスト・ロード・ブルース・バンド」結成。1972年のB.B.キング大阪公演のオープニング・アクトを始めとし、精力的な活動で一躍日本中にブルース・ブームを巻き起こす。1975年ウエスト・ロード・ブルース・バンド脱退。ソロ活動に入る。深いブルース・フィーリングに対する信頼は厚く、国内アーティストのみならず、海外のアーティストからも絶対の信頼と評価を得る。1991年より自身のリーダーズ・セッションである「ブルース・オン・ザ・コーナー」をスタート。現在は、「BAD BOYS BLUES BAND」をはじめとし、自身のセッション・バンド「ブルース・アンボセリ」のリーダーとして、さまざまな活動を展開。
http://www.ss335.com/



Jamgo Five

Vo古河を中心に岡田(Gt)・佐伯(Bs)・高橋(Ds)の4人ぐみ。
吉祥寺ストリートライブ活動を中心に、これまでの自主制作 3作も女子中高生の間で口コミで話題に!
骨太で甘酸っぱく、ポップでロックな、“淡い・蒼い・想い”を音に託す4人のボクら。

Debut First Mini Album 『ルノガ』 2007/4/18(仮) In Stores!!

佐伯 孝徳(Bass & Backing Vocal)  


古河 誠斗(Vocal & Guitar)


岡田 夏樹(Guitar & Backing Vocal)

高橋 想(Drums & Backing Vocal)



ジョニー大倉

1952年9月3日 神奈川県生まれ。
1972年 ロックンロールバンド「キャロル」としてデビュー。
独特のサウンドとファッションで世間に強烈な存在感を示した グループの中で、ヴォーカル&ギター、そしておもに作詞を担当。
独自に編み出した作詞法による、日本語を英語のごとく発音する 「巻き舌歌法」は、キャロルサウンドの特徴の大きなひとつになった。
1975年 キャロル解散。 解散後は、ソロミュージシャン活動と並行して、俳優活動開始。
映画「異邦人の河」で初出演の後、映画「遠雷」(日本アカデミー賞優秀助演男優賞受賞)、映画「戦場のメリークリスマス」やテレビドラマなど、精力的に取り組む。
2003年 キャロルデビューから約30年を経て、当時のエビソードや結成時から解散までの伝説的な神話、メンバーの思い出を語った「キャロル夜明け前」を出版する。
キャロルベストアルバムが50万枚をセールス。
2006年 アーティスト ジョニー大倉 再始動。セルフカバー・アルバム「HEY MAMA ROCK&ROLL」リリース。
2007年 全国横断ライブ。ニューアルバム「JOHNNY IN BLUE」、シングル「悲しみのキャンドル」リリース。
2008年 スウィートベイジル・ワンマンライブ開催、本格的に音楽活動を展開。
2009年 悪性リンパ腫を乗り越え、都内ライブハウスなどで精力的にライブ活動を行なう。
2010年 9月15日、これまでの音楽性の頂点のひとつとなるニューアルバム「抱いて!抱いて!抱いて!」をリリース。
58歳を迎える現在、その情熱的なパッション・ナイーブな感性は、ますます加速!ハイトーンヴォイスももちろん健在!
ジョニー大倉の存在とその作品は、同世代へのエール、 若い世代へは新鮮な風となることでしょう。 どうぞご注目ください。
http://www.johnnyohkura.com/


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ジョニー吉長

49年3月21日生。北九州小倉出身。65年、神戸でブルース・ロックバンド「チェックメイツ」に参加しヴォーカリストとしてデビュー。
68年に東京へ移り、ジョー山中と「カニバルス」を結成、この時ドラムに転向する。72年12月にカニバルスが解散すると、浅野孝巳が在籍していた「エム」の垂水兄弟と共に「イエロー」を結成する。イエローは泉谷しげるのバックでレコーディングやツアーをサポートしていた(「黄金狂時代」と「ライヴ泉谷〜王様たちの夜」)。イエローは74年8月の「郡山ワン・ステップ・フェスティバル」に出演、75年4月の「イエロー」と同年12月のライヴ「Vibration」の2枚のアルバムを残し、76年に解散。
78年9月頃、チャーwithゴダイゴのツアーを終えたチャーが新バンド結成をジョニーと加部正義に持ちかけ、ここに「ジョニー・ルイス&チャー(JL&C)」が結成される。
82年にJL&Cは「Pink Cloud(ピンク・クラウド)」と改名。80年代後半に活動停止するまで日本屈指のロック・トリオとして高い評価を得る。
「ピンク・クラウド」在籍中にもソロ活動を平行して行い、解散後も着実にプロジェクトを進め2002年の「JRSM(ジュラズム)」まで11枚のアルバムをリリースしている。
最近では森園勝敏や、昔馴染みのジョー山中(99年の「JJプロジェクト」等)、そして元ツイストの鮫島秀樹、松浦善博らとの「Song of Blues」等での活動が挙げられる。
演奏以外でも、ドラマ(「2000年の恋」)や映画(「ラストシーン」)、CMやファッションショーへの出演や、2002年8月大分のメガライブの総合プロデュース等幅広く活動している。
http://www.on.rim.or.jp/~ipa/johnny/




須川 光

「めんたんぴん」のピアニストとしてデビュー。その後、近藤房乃助バンド等に参加。ブルースにとどまらず、ジャズ、ソウル、ラテンなどジャンルを超えた活動を展開している。



ZEBRA BROTHERS

Vocal:松下貴之慎
Guitar:小松原貴士
Guitar:チャーリー西村
Base:田口英穂
Drum:小野秀央

1990年Guitarの小松原貴士とVoの松下貴之慎により結成。
1996年頃よりBassの丸山茶次郎、そしてGuitarのチャ−リー西村が参加。
2003年新たにBassの田口英穂、Drの小野秀央を迎え現在に至る。
アコ−スティックでソウルフルなサウンド、そしてグルーブを常に追求しているバンド。
http://utsunomiya.cool.ne.jp/zebrabrothers/



そうる 透

1958年5月5日、神奈川県横浜市生まれ。5歳で音楽隊に入隊し、12歳でプロデビュー。 15歳からスタジオワークを始め、以降多くのトップミュージシャンや個性豊かなシンガーらと数々のスタジオワーク&セッションを重ね、参加曲は数千曲を越える。
ジャンルにおいてもジャズ・フュージョン・ポップ・ロックなど多岐に渡るが、どのジャンルにおいても、ドラマーとして常に個性を発揮し続けている。
ここ数年海外でも活動し、国内でも500万枚以上のアルバムセールスを記録し、オリコンでは常時1位にランキングされているスーパーロックバンド「B'z」や「GLAY」から、現在のJ-POPオリコン上位群の大塚愛など、常に参加している。
TVの方では、CX系『LOVELOVEあいしてる』、NHK『青春のポップス』などにレギュラー出演。CX系『新堂本兄弟』の堂本ブラザーズバンドセカンドライブや放送300回記念生ライブにも参加。
ドラムの教則ビデオ・DVD・本の発売、若手からベテランアーティストのサウンドプロデューサーもこなしている。このようなドラマーとしての枠を超えた高い音楽性と幅広い活動で常に注目を集め続けている。
2003年にavexより“03(ゼロサン)”のメンバーとしてもデビュー。以後も同バンド、ベーシストのT.M.スティーヴンスらとセッション及びレコーディングを重ね、活躍中。アメリカのNAMMショーで3年続けての参加など世界へも進出している。
近年、吹奏楽の世界にも力を入れており、東芝EMIから発売されている「ニューサウンズ・イン・ブラス」 のレコーディングにも毎年参加している。吹奏楽にポップスを広げようと、岩井直溥氏(作編曲家・指揮者)とともに日本各地の吹奏楽団とのジョイントを数多く行っている。
昨年は、自身のプロデュースライブや教則DVDリリース、TM NETWORK全国ツアーや映画「20世紀少年 - 第1章 -」などの音楽に参加。今年も「The World of GOLDEN EGGS」ツアー参加や自身のDVD「そうる透 LIVE ANALYZE」のリリースなど、多方面で活動中。
http://soultoul.com/



Soul 吉木

内藤やすこ・アン・ルイス・妹尾隆一郎・西濱哲男など大御所ミュージシャンと共に活動していたドラマーYOSHIKI。ソウル十二楽坊ではボーカルとして活躍中。上田正樹・内海利勝・森園勝敏・大西真・松本照夫・妹尾隆一郎・西濱哲男・丸山ももたろう・石井完治・則武秀樹・りりィ&洋士・金子マリ・カルメンマキ・木村充揮・塩次伸二・etc...のオープニングアクトを勤めるかたわら、プロデュースも手掛けている。
http://www.soulmate-gen.com/



染谷 俊

1968年2月22日生まれ。東京都出身
物心ついた頃からピアニストとしての英才教育を受けて育つ。 17歳の時、ラジオから流れてきたロックンロールに衝撃を受け、自分自身の歌を創ることに目覚める。音楽大学ピアノ科に入学し周囲の期待を背負うが、強い反対を押し切り、卒業後はクラシックではなく自らの歌を歌っていくことを決意。 1993年、EPIC SONYより「崖っぷちの少年」でデビュー。自分の体の一部とも言えるピアノを封印。ギターに持ち替え、どこまでも蒼く、痛々しいほど胸に響く言葉たちに彩られた 4枚のアルバムを発表。『愛にあいたかった』『僕のたくらみ』『僕の両手』『マーガレット』。そして、ベスト盤『THE BEST"HERE!"』。 2000年より自由度の高い創作活動の場を求めてインディーズへ。弾き語りライブアルバム『やわらかな革命』リリースを皮切りに、一度は手放した"ピアノ"のとともに新たなる道へ。鍵盤を叩き、情熱をたぎらせるライヴでの圧倒的なパフォーマンスが、多くの人々の心を惹きつける。オリジナルアルバム『LIVIN' ON THE ROAD』『The Eternal Sun』『KISS THE WORLD』『Cradle will Rock』『天真爛漫』『NO REASON TO START』をはじめ、2枚組ライブアルバム『ALIVE』や、DVD&CD同時発売の『FIGHT FOR ALIVE』のリリース、弾き語りアルバム『Anthology』シリーズ連続7枚のリリース、他シングル盤など、数多くのライヴとともに精力的に楽曲を発表。 2001年からは、自身のシンガーソングライターとしての活動と並行して、クラシック音楽にもう一度光をあて、『夏のピアノ』から始まる4枚の春夏秋冬ピアノアルバムを筆頭に、自身のピアノ遍歴を振り返ってのクラシック曲とオリジナル曲を織り交ぜた『Histories〜幼年期〜』や、『Love Vacation』、『saryo's collection vol.3』など、オリジナル楽曲をも盛り込んだピアノインストアルバムを次々と発表。 2006年からは、新たなレーベルと契約し、2008年までにすでに『PIANO』『&LOVE』『KNOCK ON POPS』とオリジナルアルバム3枚を発表。その他、自身のピアノとともにストリングスチームと組んだピアノコンチェルトアルバム『saryo's collection vol.6』も発表。 2010年2月22日に2枚のオリジナルアルバム『Right Hand〜trio works〜』『Left Hand〜solo works〜』を同時発売。 10月に自らの原点と足跡を辿る “THE ROOTSシリーズ”をスタートさせ、その第1弾として、’93年以来入手困難となっていた人気楽曲をセルフカバーしたアルバム『在処』をリリース。また、ピアノキーボードプレイヤーとしてもその手腕は高く評価され、矢沢永吉、清木場俊介のツアーに参加するなど活動の場を拡げていく。
http://www.someyashun.net/



瀬尾 知典

吉木友雄率いるソウル十二楽坊のベーシストとして、上田正樹等有名ミュージシャンのオープニングアクト、及び共演の経験を持ち、現在つくば「ライブハウス弦」を中心に活動中。
http://www.soulmate-gen.com/
 



妹尾 隆一郎

日本を代表するハーモニカ、ブルースハープの第一人者としての活躍は、別名「ウィーピング・ハープ・セノオ」として有名。1975年、「ローラーコースター」結成。1976年、「世界ハーモニカコンテスト」グランプリ獲得。1997年、「SENO-TERA」結成。現在も活動中。その他、レコーディング、ゲスト参加多数有り。主な共演者は「サザンオールスターズ」「上田正樹」「泉谷しげる」等多数。
http://www.geocities.jp/weepingharp_senoh/



チャーリー西村

1985年 コロンビアレコードより「白虎隊」としてデビュー。その後、白虎隊をKAPLANS(カプランズ)と改名。映画主題歌や自らTVCM等に出演。1989年 KAPLANS(カプランズ)脱退。1990年 多くのアーティストのバックバンドやレコーディングに参加。以降、楽曲提供やCM楽曲、舞台楽曲、演出、音楽監修などを手がける。また、新人アーティストの育成や自分自身も様々なバンドに参加し、現在に至る。
http://www.horizonjapan.co.jp/nishimura.htm
http://members3.jcom.home.ne.jp/charlie.n/index.html



TOBY前田

11歳よりギターをはじめる。
19才で上京後数々のバンド活動を経て、キングビスケット・ブルースバンドに参加。この頃日本のウェス・モンゴメリーことジャズギターの宮之上貴昭氏に師事する。
25歳で単身渡米約半年間ニューヨーク、シカゴに滞在。シカゴではモダンブルースの巨人オーティス・ラッシュをはじめ、アンドリュー“ビッグ・ボイス”オーダム等とステージで共演。そして、メンバーとしてシカゴ・ファイヤーホーンズに参加。
89年に帰国。 91年にアイシーゲイトを結成。
98年1月からはアイシーゲイトの活動と並行してソロ活動を開始。“Toby”のニックネームをオーティス・ラッシュ氏から贈られる。残念ながらアイシーゲイトは20世紀末日をもって消滅したが、2000年夏から伝説のロックバンド村八分の元ベーシスト、見掛英治氏とスタンダードジャズ演奏を開始(M's club、現在はM&M)する。
翌2001年にはピアニストの則武秀樹氏とデュオ『MAE-NORI』を結成、ブルースとジャズの枠を越えて活動を始める。2003年より妹尾隆一郎氏と則武秀樹氏の『ウィーピイングハープ妹尾&ヒズ・ナゴヤン・スピリッツ』に参加。 2004年はヒップホップグループ『nobodyknows+』の1stアルバム「Do You Know」に参加。
http://icygate.hp.infoseek.co.jp/



筒井 賢

1972年にバンド『満鉄&金ボタン』を結成。数々のコンテストにおいてタイトルを獲得。 TV、ラジオ、ライブステージと、各方面で幅広く活躍している。
ステージでは、R&B(リズム&ブルース)をベースにポピュラーからスタンダードに至まで幅広くこなし、良い物はジャンルやカテゴリーにとらわれることなく取り入れる。オリジナル曲とカバー曲とをうまく組み合わせて演奏する、そのステージ構成は高い評価を受けている。
上田正樹、憂歌団、近藤房之助、桑名正博、有山じゅんじ、田中健、かまやつひろしとも共演。1990年にはニューヨークより来日したザ・ドリフターズとの共演を皮切りに、現在も数々の国内外の有名ミュージシャンとのセッションワークをこなしている。また、一方ではプロデューサーとしても活躍し、様々なイベント企画やコンサート、海外のミュージシャンの招聘、ツアー・プロデュースと八面六臂の才能を発揮している。
http://www.mantetsuplanning.com/profile/index.htm




友成好宏

高校在学中からプログレッシブ・バンドで活躍し、プロとして活躍を始める。 1979年、泉洋次&スパンキーに加入しレコードデビュー。その後、角松敏生、松山千春、大友康平、井上尭之、浜崎あゆみ、中島みゆき、YONO、井上陽水、その他...などのバックをつとめる。 1983年、角松敏生バンド結成と同時にメンバーとして加入、レコーディングやツアーに参加。スタジオ・ワークと同時に様々なアーティストのツアーやセッション・ライブのメンバーとして活躍している。 1993年BMGビクターよりソロアルバム『Natural Sign』をリリース。

http://www015.upp.so-net.ne.jp/tomonari/



TOMOFUMIn

2003年度よりテレビ朝日年末年始イベントにて2週間連続ライブを敢行して以来、毎年テレビ朝日年末年始イベントに出演。 2005年度は東葛映画祭や新潟中越大地震チャリティーCD"ほっとLetters"にオリジナル曲『白い月』にて参加。ケーブルテレビJ;COMにてオリジナル曲『白い月』『らんぷ』を番組エンディングテーマとして起用される。 2006年度は絵本・朗読イベントなどの音楽監督を手がけ、ソロ活動にてライブ・コンサート・TV出演・ラジオ出演などにて活躍のほか、ベネッセ「こどもちゃれんじ」の体操のお兄さんでおなじみの俳優久保田武蔵との異色ユニット『BIC』としても活動中。 2007年も恒例のテレビ朝日ライブに始まり、NHK・MXTV・bayfm78などに出演、多方面にて活動中。 またソウルブルースバンド"ソウル12楽坊"のキーボードとしても活動経歴があり、上田正樹・内海利勝・森園勝敏・大西真・松本照夫・妹尾隆一郎・西濱哲男・丸山ももたろう・石井完冶・則武秀樹・りりィ&洋士・金子マリ・カルメンマキetc…OpeningActも務めていた。
http://www.takanotomofumin.com/



鳴瀬 喜博

大学在学中、'71年からディスコを舞台に本格的にプロ活動を始める。
'72年「カルメン・マキ&OZ」に参加。その後Charと出会い、'74年金子マリ、佐藤準、藤井章司と「SMOKY MEDICINE」を結成。そして'75年「金子マリ&BUX BUNNY」を結成、'80年まで活動し多くの作品を残した。
'81年にはソロアルバム「MYTHTIQUE」を制作、以後ソロで6作品をリリース。'90年までの10年間に「QUYZ」「CHAOS」「うるさくてゴメンねBAND」などの自己バンド活動を精力的にこなし、その間にもリー・リトナー、ジョージ・デューク、ラリー・グラハム、サリナ・ジョーンズといった来日大物ミュージシャンとの共演も果たしている。
名実共に、日本を代表するベーシストと言わしめた。また、“ナルチョ=チョッパー”と言われるほどにチョッパーベーシストの神様的存在となっていることは周知の事実だ。
'90年カシオペアに加入。この頃一大旋風を巻き起こした、TBSテレビ「いかすバンド天国」に審査員として出演、その辛口批評でお茶の間でもお馴染みの存在となったカシオペア加入後も様々なアーティストと共に「野獣王国」を結成するなど、多くのセッションをこなす。
'00年にベース生活30周年を迎え、ソウルバージョンの「CHAOS2」とロックバージョンの「うるゴメ2」の2バンド編成で30年の集大成であるライブを行った。
'01 年10月に新生“うるさくてゴメンねBAND”のオリジナルアルバム『RocKocK』を発表。現在“URUGOME”と改名し、3枚のアルバム『Rock's Egg』、『New Fronntirs』『冴〜GO』を発売。
'04年には17年降りのソロアルバム『WINDOW』、05年には『Simple Song Simple Night』を発表している。
現在、活動休止中のカシオペアでの自分の制作曲を再アレンジし、全く違ったバンド編成でライブを展開するNarucho-ICEが好評を博している。常にトップランナーとして走り続ける男・鳴瀬喜博、その幅広いプレイからますます目が離せない。
http://www.naruchops.com/



新澤 健一郎

1968年東京に生まれる。東京工業大学工学部建築学科専攻。工学修士。6歳ではじめてピアノに触り、13歳でフレンチ・ホルンを吹く。大学在学中よりジャズ・フュージョン系のライブスポットに出演。99年にドラマー・岩瀬立飛との「Glidephonic」(徳間ジャパン)にて、それまでの音楽を総括。現在主宰する「Nervio」(ネルビオ)はクラブジャズ、エレクトロシーンからも注目を集め、「Quiet Leaves」ではアコースティックサウンドを追求。また、2001年より「プリズム」のサポートメンバー。この他、臼庭潤(sax)JazzRoots、近藤和彦(as)カルテット、須藤満(b)Favour Of My Friends、木住野佳子(p)、阿川泰子(vo)など。変わったところでは懐かしのテレビ・アニメソングをJazzにカバーする”MJR”シリーズでのアレンジと演奏が話題を呼んでいる。一方で作曲・編曲家としての楽曲制作も多く、アーティストものから声優、CMなど様々に楽曲やアレンジを提供。近年は国際子ども図書館、電子図書館機能・絵本ギャラリーの音楽監督をつとめる。テクノ・コンピレーションCD「Inner Cafe」に参加など、テクノ・フィールドでの活動も新たな動きである。
http://cat.zero.ad.jp/shinzawa



西濱 哲男

19才よりプロ活動を開始する。1975年に「トランザム」に参加。以後数々の映画、CMの音楽作成に活躍する。主な作品はトランザム「AUGUST 9th」「春の足音」。映画 ドーベルマン刑事「黒い涙」白日夢「LOVE IS DEEP」「ROMANCE」他、多数参加作品有り。



撮影:三浦フォトスタジオ 則武 秀樹

1978年、今池/Open HouseのミュージシャンとR&Bのバンド『Up-Tight』結成し、東京・大阪を中心に活動。山岸潤史(Gtr)・永井隆(Vo)(exウエストロード ブルース バンド)・石田長生(Gtr,Vo)等と共演。
1989年、Latinに興味を抱き、日本語のサルサバンド『ありあわせ』で活動。
2000年、自らが率いるラテンユニット『キューバシノギ』結成(活動中)。在名の黒人ミュージシャンによるバンドに日本人としては唯一参加。
2001年、塩次伸二(Gtr)・永井隆(Vo)と3人でツアーを行う。元憂歌団 島田和夫(Dr)率いる『OK BLUSE SET』に加入、全国でライブ活動中。妹尾隆一郎(Hp)の「ブルースハープ教則ビデオ」に出演。R&Bボーカリスト BABY FACEと共演。 
2002年、「ブルースピアノリサイタル」開催。
2003年、NOBODY KNOWSレコーディング参加(8/26発売予定)
個性的なアレンジと和音の響きはファンから『Noritake World』と呼ばれ、また鍵盤で織り出すsoulfulなリズムやベースラインも特徴的である。
http://noritake.real-sound.net/



羽仁 知治

高校卒業後プロとしての活動を開始する。作曲、レコーディングアレンジ、ピアニスト、キーボーディスト、プロデューサーとしては杉本 彩、加藤登紀子、上田正樹、田中 健、尺八の山本邦山、など幅広いジャンルの音楽家とのコンサート、レコーディングにおける演奏、レコーディングアレンジ、プロデュース、テレビ、ラジオの音楽番組出演などの経験を多数経験している。 98年自らの作曲を含む、全曲ソロピアノ演奏によるアルバム「Dream Time」を発表。2000年「IN THE SKY」、2001年「Kissaco」、「JAZZ NOT JAZZ」を発表。2000年夏からは「つのだ☆ひろ」が久々に組んだストレートアヘッドなジャズバンドにも参加している。 また、テレビゲーム「ファイナルファンタジー」のリミックス盤でも羽仁知治の最近のサウンドを聞くことが出来る。
http://www.tomoharuhani.com




Beat Boys

甲田 賢一(Ba)

H2O、山崎ハコ、西岡たかし、南正人他、多数のサポートやスタジオワーク、
Seno-Tera等でも活躍。

黒田 清高(Dr)

小野リサ、マルコス・スザーノ等、主にブラジル音楽を中心に活躍。
ブラジル音楽界では若手No1。

長沢 紀仁(Gt)

ジャズスタイルをベースに最近では、アコースティックギターによるブラジル音楽等が多い。多数のサポート、スタジオワーク等で大活躍中。

斉藤 聡(Kb)

ピンクレディー、浅野ゆう子他、多数のサポート、NHKの「青春のポップス」で4年間キーボードを担当。スタジオワーク、講師等で大活躍。

北川 涼(Gt)

中森明菜、浅野ゆう子他、多数のサポート、スタジオワーク。
土浦では、エムミュージックスクールのギター講師もつとめる。出版物も多数。

 
上原 裕(
Dr)


言わずと知れた日本を代表する強力グルーヴドラマー。あまりにも多くのスタジオワークにより彼のプレイを聞いた事のない日本人はいない。山下達郎、松田聖子、大滝詠一、元ちとせ等。



撮影:三浦フォトスタジオ 深澤 剛

1972年生まれ。17歳でハーモニカを始める。91年FIH全日本ハーモニカ・コンテストのブルース・ハーブ部門優勝や93年ワールドカップ・ハーモニカ・チャンピオンシップ(ドイツ)のフォーク・カントリー部門2位など、国内外のコンクールで活躍。リー・オスカーら世界的ハーモニカ奏者たちとの共演経験も積んだ。国内楽器メーカーのモニター役やハーモニカ講師を務め10穴ハーモニカの普及に尽力しながら、バンドやソロで活動を続ける。



藤井 裕

1973年、上田正樹 and South to South結成。1976年、石田長生、松本照夫らとGAS結成。1980年、石田長生、正木五朗らとVoice&Rhythm結成。その後も金子マリとのMAMA、テッチリ、忌野清志郎L.S.R、ラフィータフィー等。



PRISM
http://www.prismjapan.com/
和田 アキラ

1956年生まれ。東京都出身。 グループサウンズに憧れた小学生の時にドラムを始めるが、やがてギターに転向。16歳のときに、プロのギタリストになる決意で松木恒秀氏に師事。その後、ベースの渡辺建と出会い、18歳のとき、自己のバンド『PRISM』を結成。一躍脚光を浴びる。以来その中心的な存在として活動し、20枚のアルバム、5枚のソロアルバムを発表。先頃『PRISM』結成20周年を迎える。PRISMのソロ活動をする傍ら、高橋ユキヒロ、松岡直也、本多俊之、浅川マキ、KEEP、井上陽水、森高千里、桜井哲夫、神保彰、ジョニー吉永、村上ポンタ秀一などのアルバムやツアーに参加。彼を慕う若手ミュージシャンも数多く、永井敏巳、菅沼孝三、石黒彰、西山毅、是永功一、との共演など幅広く活躍している。

木村 万作

1955年生まれ。東京都出身。 早稲田大学在学中にピアニストの橋本一子と出会い、プロミュージシャンのキャリアをスタートする。1980年、彼女のデビューアルバム゛カラードミュージック”に参加。以後、坂田明、渡辺香津美、などジャズ系のミュージシャンからマリーン、谷山浩子、等ポップス系シンガーまで、幅広いジャンルで数多くのセッションをこなす。バンド活動としては、1985年にPRISMに参加、1988年にVALISに参加、現在にいたる。その間、マルタ、安部恭弘、松岡直也グループ、窪田宏、伊藤君子、森高千里、ハイファイセット、赤木りえ、中西俊博、加藤登紀子、小田和正、小椋佳、浜田省吾、などのレコーディングやサポート、またスタジオワークと多方面で活動中である。

岡田 治郎

1967年10月21日生まれ。 13歳のときからベースを始める。22歳の頃から歌手のバックバンドなどプロとして活動を始める。1998年和泉宏隆バンドに参加。六本木ピットインを中心にジャス/フュージョンのセッション活動をしているほか、高橋真梨子のバックバンドとしてツアーをまわっている。WYSIWYG、TVジャズ、大高清美、JINGLE JAZZ、InfiniteCircleなどのCDに参加している。




Blues File No.1
http://members.jcom.home.ne.jp/teebf/
西濱 哲男(Vo,Gt)

19才よりプロ活動を開始する。1975年に「トランザム」に参加。以後数々の映画、CMの音楽作成に活躍する。主な作品はトランザム「AUGUST 9th」「春の足音」。映画 ドーベルマン刑事「黒い涙」白日夢「LOVE IS DEEP」「ROMANCE」他、多数参加作品有り。

内海 利勝(Vo,Gt)

1972年に「キャロル」のギタリストとして参加。以後、ソロ活動開始と同時に「内田裕也」「宇崎竜童」「原田芳雄」のLIVE及びレコーディングに参加する。映画「隙間」「カブツ」に出演、楽曲も提供する。1989年、ジョニー大倉と「THE PREASE」結成。1992年、憂歌団のLIVEにゲスト参加。1997年、ソロアルバム「FROM HERE」発表。
http://sound.jp/uchiumi/

妹尾 隆一郎(Vo,harpr)

日本を代表するハーモニカ、ブルースハープの第一人者としての活躍は、別名「ウィーピング・ハープ・セノオ」として有名。1975年、「ローラーコースター」結成。1976年、「世界ハーモニカコンテスト」グランプリ獲得。1997年、「SENO-TERA」結成。現在も活動中。その他、レコーディング、ゲスト参加多数有り。主な共演者は「サザンオールスターズ」「上田正樹」「泉谷しげる」等多数。

荒巻 茂生(Vo,Ba)

21才からプロ活動を開始。秋吉敏子、大野俊三、トム・ハレル、リー・コニッツ、カルロス・ガーネットらと共演を行う。その後、辛島幸雄、山田穣、日野元彦、大西順子、竹内直等と共演する。1997年には、「大西順子トリオ」としてワールドツアーに参加する。ジャズの世界からブルースの世界へとフィールドをまたいでの今後の活躍が期待される。

松本 照夫(Vo,Dr)

1972年「ウエスト・ロード・ブルース・バンド」に参加。関西のブルースブームを支える。同年9月のB・BKING大阪公演のオープニングアクトを務める。以後数々のレコーディングや共演に参加。主な共演者は上田正樹、Randy、Crawford、Lurrie Bell、Roy Gaines、鳴瀬善博、金子マリ、多数有り。最近では、1999年には、石田長生、藤井裕と別ユニット「おかえりなさい 横井さん」を結成。現在も活躍中。



Bob Brozman

初めてナショナル・ギターを手にしたのは、14才。それ以来、サン・ハウス、チャーリー・パットン、ブッカ・ホワイト、ロバート・ジョンソンといったデルタ・スライド・ブルースにどっぷりの日々になり、ナショナル・ギターというメタル・ボディの魅力的な楽器を介して、ハワイアンの分野にも興味を持つようになり、伝説のソル・フーピーのハワイアン・スライド・テクニックをも吸収した。 ブルース、ハワイアンに加え、オールド・ジャズ、キューバ、アフリカ、インド、沖縄音楽など、さまざまなルーツ・ミュージックに造詣を深めていき、それらを独自の解釈で融合させ、革新的なテクニックを用いてさらに発展させて表現し、“ひとり世界音楽祭”ともいうべき彼の音楽を確立した。 今日、世界中をツアーし、デバシシ・バッタチャーヤ、レッドワード・カアパナをはじめとする偉大なミュージシャン達と共演している。日本では平安隆氏とのコラボでもお馴染み。
http://www.bobbrozman.com/



松永 考義

17才頃レイ・ブラウンに憧れてベースを始める。1977年国立音大入学。在学中から「東フィル」「新日フィル」のエキストラ要員として活動を始める。83年頃諸事情よりクラシックを断念、立川・八王子近辺のキャバレーで演奏を始める。この頃より以前から関心のあったブラックミュージックやラテン系の音楽に深く傾倒、インストのレゲエダブバンド「ミュートビート」に参加、エレキベースに持ち替えるようになる。また、86年頃のタンゴブームになったおりタンゴバンドでも演奏を始め、98年にアルゼンチンに行きブエノスアイレスなどで演奏、この時タンゴの巨匠オマール・ バレンテ氏に絶賛され、ベースソロ「ケヌイカファルテ」(なくてはならないもの)をプレゼントされる。90年代に入るとCMや映画音楽のレコーディングに参加、最近では本木雅弘やゴンチチのライブ・サポート、小沢健ニ、UAなどのレコーディングにも参加、活動の幅を広げている。7月には初のソロアルバムを発売予定。


松本 慎二

NIGHT HAWKSでデビューして以来、財津和夫、SHOW-YA、田中一郎、久松史奈、TOKIO、やしきたかじん、ZABADAK等との共演で知られるベテラン・ベーシスト。



松本 照夫

1972年「ウエスト・ロード・ブルース・バンド」に参加。関西のブルースブームを支える。同年9月のB・BKING大阪公演のオープニングアクトを務める。以後数々のレコーディングや共演に参加。主な共演者は上田正樹、Randy、Crawford、Lurrie Bell、Roy Gaines、鳴瀬善博、金子マリ、多数有り。最近では、1999年には、石田長生、藤井裕と別ユニット「おかえりなさい 横井さん」を結成。現在も活躍中。
http://members.jcom.home.ne.jp/teebf/



満園 庄太郎

1970年生まれ。 22歳の時に山本恭司率いるWILD FLAG でデビュー。 その後BOW WOWに参加。サポートメンバーとして1999年より2001年までB'zに参加。 その他HOUND DOG、川村カオリ、原田喧太などに参加。 現在、自身のバンド「大満月」で都内を中心に活躍中。
http://www.shotaromitsuzono.com/



三宅 伸治

1985年MOJO CLUB結成。1987年『バックしよう』でデビュー。1989年東芝EMIよりメジャーデビューし、同年覆面バンド、タイマーズとして活動。MOJO CLUB解散後、ソロ活動を開始すると共に、忌野清志郎、仲井戸麗市、木村充揮、ザ・ハイロウズ、斉藤和義、ウルフルズ、石田長生、等様々なアーティストとの交流を深めながらライブ活動を行う。又、忌野清志郎 & NICE MIDDLE with NEW BLUEDAY HORNSにてバンドマスターとして活動。同バンドの楽曲も手掛け、同時にソロ活動においても精力的にライブも行っている。
http://www.miyake-shinji.tv/



西濱 哲男

19才よりプロ活動を開始する。1975年に「トランザム」に参加。以後数々の映画、CMの音楽作成に活躍する。主な作品はトランザム「AUGUST 9th」「春の足音」。映画 ドーベルマン刑事「黒い涙」白日夢「LOVE IS DEEP」「ROMANCE」他、多数参加作品有り。



ムッシュかまやつ

1958年、守屋ひろし、井上ひろしと共に「新ロカビリー3人ひろし」で活躍。1962年、アメリカに渡る。1963年、ザ・スパイダースを結成。1965年、「フリフリ」をリリース。以後、数々のヒット曲を生み出す。1970年、ザ・スパイダース解散。ソロ活動を開始。以後、フォーク、ロック両分野で活躍。
http://www.forlife.co.jp/monsieur/



もも&かん

丸山 ももたろう

1977年岸田智史のサポートとしてプロギターリストの道を歩み始める。その後も白井貴子、やしきたかじん、村下孝蔵 、堀内孝雄等のレコーディング、ライブサポートで活躍。中でも松山千春のツアーライブは1984年から16年間サポートした。
近年では平井堅のレコーディング、普天間かおりのサポートも努める。
http://shonan.cside1.com/index.shtml


石井 完治

1980〜90年代芹洋子、マリーン、中尾ミエ、アグネスチャン等のバックでギターを担当。また都内ライブハウスでは金子マリ、近藤ナツコ、ボブ斉藤、BELLA、杉原テツ、小原健吾等に参加。最近では、ミュージシャンのセッションイベントであるJam for Joyにも参加。
最近は熱の花、アップル・ビートなどのバンドでも活動。
http://www.ne.jp/asahi/guitar/kanji/



森園 勝敏

1971年、「四人囃子」でデビュー。1974年、アルバム「一触即発」、1976年「ゴールデン・ピクニックス」をリリース。ソロ活動と共に「プリズム」「山内テツ&ダッドタイム・ロールバンド」等に参加し、現在は「ELLIS」(ポリスター)のプロデューサーとしても活躍中。「一触即発」などに聴く、空を駆け抜けるクリーンな音、そして見事なまでのギターワークは、「CHAR」とならび日本が誇る世界的なギタリストであり、「フランク・サッパ」や「リッチー・ブラックモア」、「ギム・ケルトナー」等も彼のファンである。(ジム・ケルトナーとはジョイントアルバムを制作)最近の彼は、ギターだけでなくセクシーな歌声も聴かせてくれている。
http://www.4nin.com/



りりィ & 洋士

http://www.geocities.jp/lily_yoji/
りりィ

1974年 『私は泣いています』が100万枚をこえるヒット
1976年 『オレンジ村から春へ』(資生堂 春のキャンペーン)
1997年 TBSドラマ『青い鳥』出演以来女優として映画・TVで活動
2000年 テレビドラマ(NHK)、テレビCM出演(ソニー・野村證券など)
2001年 映画『のど自慢』『人間合格』『アカシアの道』『案山子』

洋士

1984年 トーラスレコードより『濡れた瞳のジェシー』でデビュー
以後都内および近郊のライブハウスで活動中
テレビCM、ラジオCMのナレーターでも活躍中
ナレーター名 斉藤 正
資生堂(アグレミネラルウォーター)・トヨタ(ハイラックス)・サントリー(鏡月グリーン)・紳士服コナカ・東京ガス・日産(エルグランデ)・ビクター(E−MOVIE)
2000年 アルバム『走りだした街』リリース



Rainey's Band

http://www.on.rim.or.jp/~ipa/raineys/
カズ南沢

1969年当時、高校在学中、地域の仲間を通じてチャーこと竹中尚人に出会い、卒業後の1971年頃、2人が核になるバンド‘Paradise'を結成。その後、アメリカン・スクールのバンドにより自由な音楽性を感じて‘Lex Brodie Band'に参加した。1973年、‘Lex Brodie Band'の主要メンバーが大学入学の都合でアメリカに戻る事になったため、翌年それを追いかけて渡米し、L. A. 近郊、オレンジ・カウンティをースにした日米混成バンド‘East West Connection'を結成して活動する。解散後、単身ハワイに渡り、個人的にハワイで地元のミュージシャン達とクラブなどでの仕事を経て1977年に帰国する。 1982年‘The Bubble Gum Brothers'(以下BGB)に参加。 BGBのバンド・リーダーとして活躍する中、1986年、自己のバンド‘Driving Wheels'を結成する。このバンドは同年9月に黒人音楽の殿堂であるニューヨーク、アポロ劇場に日本人バンドとして初めて出演し、地元誌、Village Voiceでも絶賛された。‘Driving Wheels'は、1992年1月に江戸屋レコードからオリジナル曲を2曲発表している。 1990年、BGBは"Won't Be Long"でミリオン・セラー・ヒットを達成する。 1994年、南沢は遅ればせながらも、都内各ライブハウスでソロ活動を開始する。1998年以降、ライブ活動をより広範囲に拡張する中、ソロワークへの認知を求めて精力的に活動。 2000年、新世紀に向かって自費製作オリジナル・シングル、“時代よ変われ”を発表。 2001年、Bob斉藤とRainey's 加藤の3人を中心とするRainey's Bandを結成、東京のライブハウスで定期的に活動中。 2003年、Rainey's Bandの初ライブCDがRoots Musicレーベルよりリリース。 2003〜2004年、東京六本木ハード・ロック・カフェでレイニーズバンド、ドラムレス・ユニットによる定期ライブ・ギグが行われる。 2004年春、ロックンロール・ホール・オブ・フェイム・スターである大御所、Bo Diddleyバンド日本ツアーのギタリストとして抜擢され、横浜モーション・ブルーでの5日間にわたるステージを皮切りに日本全国6個所のツアーに同行。 2005年春、Bo Diddleyバンドのオーストラリア・ツアー・メンバーとして再度抜擢され、ゴールド・コーストのバイロン・ベイにおけるBlues & Roots Music Fes.を皮切りにメルボルン、シドニーへのツアーに参加する。



ボブ斉藤

成蹊大学入学と同時にジャズ研に参加しテナーサックスを始める。一年ほどでライブ活動を開始。四年在学中にハイファイセットのサポートメンバーをきっかけにライブと共にスタジオミュージシャンとしてプロの世界に入る。'81年に当時最高峰のジャズフュージョングループだったプレイヤーズ(鈴木宏昌【キーボード】、松木恒秀【ギター】、岡沢章【ベース】、渡嘉敷裕一【ドラムス】)に参加し、四枚のアルバムを制作、同時に日本テレビ、タモリの「今夜は最高!」にレギュラー出演、コントまでこなす。その後は井上尭之氏と共にミュージカル等のステージを経験。'91〜'92年柳葉敏郎のアルバム制作に音楽プロデューサー、全国ツアーに音楽監督兼バンドリーダーとして参加。'93〜'95年松山千春の全国ツアーにサックス奏者として参加、自己のオリジナルパフォーマンスは、Open以来閉店するまで六本木PIT INNにて毎月発表していた。現在は、Kaz南沢、Rainy's加藤とRainey's Bandを結成し、'03年にライヴアルバムを発表また色々なグル-プやセッションに参加して精力的にに活動中である。ボブ斉藤としては'98年にファーストアルバム「Song for "R"」を発表、次回作が期待される。



Raineys加藤

大上留利子WITHスパニシュ・ハーレムでデビュー、ラッツ・アンド・スターのサポートで30才で上京、現在に至る。



LEO

ブルースの殿堂、東京都の「JIROKICHI」で活躍する伝説のDIVA!
弦イチオシのR&Bボーカリスト!!
http://www12.ocn.ne.jp/~leosoul

LEODUO

LEOと小堀(正)誤により2003年に結成されたギター・デュオ。R&B、soul、motown、funk、blues、gospel、reggaeなど、'60〜'70年代のコアな黒人大衆音楽のグルーヴ感を追求している。パーカションを配るなどして客席をも巻き込んでのライブが特徴。


RYOEI

1980年生まれ 沖縄県石垣市新川出身

1994年 父の影響でギターを手にする。その後、オリジナル曲を作り始める。高校       卒業後大阪に移り、ストリートなどで歌い始める。ストリートで歌っていた時に、偶然 声をかけてくれた方の紹介で、様々な場所で歌い始めることになる。
2003年3月 八尾プリズムホールにて、沖縄の大先輩である古謝美佐子さん、夏川        りみさんと共演。
2003年4月 インディーズデビューシングル「見えない世界の中で…」が全国発売。
2003年11月 沖縄浦添音楽祭にてグランプリ受賞。
2004年4月 島田洋七氏著書「佐賀のがばいばあちゃん」主題歌(エンディング)「ば      あちゃん」を発売。
2005年5月 三田市民会館にてファースト・ソロ・コンサート (600人動員)
2005年10月 京都外国語大学 森田記念講堂にてソロ・コンサート(800人動員)
2006年5月 阿倍野区民ホールにてソロ・コンサート(2回公演にて1400人動員)
2006年7月 和田山ジュピターホール・淡路島しづかホールにてソロ・コンサート(各800人動員)
2006年11月 島田紳助氏プロデュース、「BAR HASEGAWA」にて活動開始。
2007年1月 ニューマキシシングル「DEAI」全国発売。
2007年3月 NTV「行列のできる法律相談所」にて「DEAI」が紹介される。
2007年4月 CX「島田紳助のスベらない沖縄旅行」に出演。
2007年12月 ファーストアルバム『君のすべて』を全国リリース。
2008年4月 上京。
2008年6月 和歌山県、ソロコンサート、4ヵ所 四日間で、約4300人動員。【御坊市民会館、和歌山市民会館、橋本産業文化会館、新宮市民会館】
2008年11月 6枚目のシングル、リリース。島田紳助氏、作詞、元アラジンの高原 兄氏、作曲の『我が敵は我にあり』が全国発売。
2009年7月 「泣いてもいいですか」(作詞:カシアス島田、作曲:RYOEI)のフレンズ(つるの剛士、崎本大海)バージョン がFNS26時間テレビ2009年のテーマ曲となる。(7月15日ポニーキャニオンより発売)
2009年8月 シングル「ひらり」でメジャーデビュー(8月26日よしもとアールアンドシーより発売)
2009年 ABC「クイズ! 紳助くん」出演。
2010年1月 NACK5 「唄者RYOEI」 日曜日 24:30〜 パーソナリティー。
2010年1月〜 CX「ヘキサゴンU」出演。
2010年1月 アルバム「ブーゲンビリア」発売予定(1月20日よしもとアールアンドシーより発売)
2010年5月〜 TX 「歌の楽園」出演。
2010年6月 エアーヴィジュアルバンド「第三の男」 (6月23日よしもとアールアンドシーより発売)
2010年 TBS「紳助社長のプロディース大作戦」出演。
2010年7月 FNS26時間テレビ 「僕らには翼がある〜大空へ〜」 ツバサにて参加 (7月14日ポニーキャニオンより発売)
2010年 FNS26時間テレビ 12時間耐久三輪車レースに参加。
2010年8月 TBS系「紳助社長のプロデュース大作戦!」民宿のテーマ「島風〜夢来人の唄〜」発売。沖縄にて、2010年No.1ヒット曲となる。
2011年3月 2ndアルバム「てぃんがーら」発売(3月16日よしもとアールアンドシーより発売)
http://www.ryoei-net.jp/


渡辺 滋 C−Kun

作編曲家としてのキャリアが光る色彩豊かなメロディーに、歌唱力豊かなボーカルと、確かなギターテクニックが出会い築き上げられた至高の弾き語りサウンド。

音楽のルーツはロックであるが、経歴が故に楽曲は多彩であり、歌詞も独特な世界感を持つ。
K.ヤイリギターのモニターアーティストで、ギターソロには目を見張る。
ライヴではカラオケに頼ることなく、あくまで生演奏にこだわり、ひとりの弾き語りというスタイルを追求しつつも、ギターソロが見所というアーティストは類を見ない。
その秘密は足下のサンプラーにある。
その場で、ギターを叩いたり、弾いたり、声もサンプリングしたりして、音を重ねひとりオーケストラとなる。
普通にイメージする弾き語りとは違う、バンドとも違う、弾き語りアートな世界が作られるのだ。

年間555本ライヴ(2003)や、自宅を売り払い、車に住みながら毎日のように歌った全国津々浦々のライヴツアー(2005〜2006)で培った、どんな場にも対応できるバイタリティ溢れるパフォーマンス力は圧倒!
コール&レスポンスでオーディエンスを楽しませる柔軟なコミュニケーション力も魅力!!
ダンス付きの踊れる曲もあり、会場は大いに盛り上がる!!
音楽を純粋に楽しめるステージと、世代やジャンルを超えて多くの人々の支持を受けている。
http://www.c-kun.com/paso.html




© Live House 弦 - G E N - つくば市金田2017 カムデン国際マーケット隣 PHONE:029-857-8285